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奈須きのこインタビュー 第2回2023.09.15

【プロフィール】奈須きのこ(なす・きのこ)
1973年千葉県生まれ。小説家・シナリオライター。武内崇らと共に同人サークルTYPE-MOONを立ち上げ、『空の境界』から始まる「月姫」シリーズで人気となる。現在は法人化した「ノーツ」所属。2004年発表の『Fate/stay night』からの「Fate」シリーズのシナリオを手掛け、特にソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」が最大のヒット作となる。小説作品として、「DDD」「月の珊瑚」「宙の外」などがある。

■「困ったゲーマー」マインドを植え付けた小中学生時代のはぐれファミコン体験

 

──ちなみにTRPGに出会う前はどんな感じだったのでしょうか? 奈須さんの世代だと小学生時代にファミコンで「ドラクエ[xi]なり「ファイナルファンタジー[xii](FF)」に出会ってから、もっとハイブロウなRPG文化に溯っていくというパターンが多かったと思うんですが。

 

奈須 たしかにファミコンからですね。自分は兄弟がいたので、兄たちが頑張ってお金貯めて頑張ってファミコン買って、兄たちがいないときにこっそりとやっていた感じです。
ちなみに、今日持ってきていただいた資料(『N88』のゲーム内雑誌「朝朝ジャーナル」掲載のコラム「今月のファミコンソフト」)に『超惑星戦記メタファイト[xiii]』(1988年)』が入っていて、「俺の魂のゲームをレビューしてる、すげえな!」って。ファミコンの後期に出たSFタンクゲームなんですけど。

中川 わ、そんなん載ってましたっけ。持ってきてみるもんだ(笑)。

奈須 ちなみに『メタファイト』は、これのライセンスを取った会社から『ブラスターマスター ゼロ』(2017年)というタイトルでリブートされて、2021年にはNINTENDO Switch版も出ています。
それぐらい『メタファイト』って、あの時のファミコンでやるにはオーバーテクノロジーなゲームだったんですよ。それを当時リアルタイムで押さえてあるのはすごい。ゲームへの嗅覚がハンパないです。

中川 全然知りませんでした。

奈須 というぐらいファミコン世代だったので、もちろん「ドラクエ」も『Ⅰ』(1986年)、『Ⅱ』(1987年)、『Ⅲ』(1988年)と体験してます。ああいう中世ファンタジーもののRPGが、もともとは『ウルティマ』から来たというのは後から知りましたが。
それとファミコン版の『ウィザードリィ[xiv]』でダンジョンものの良さというか、自分で自分の運命を左右できないシビアさに目覚めました。『ウィザードリィ』って最初のキャラクターメイキングの時にステ振り用のポイントがランダムでもらえますが、ゲーム初心者……というか、普通は最高値が出るまで何度もやり直すものです。今で言うリセマラなので。でも「いや、人生にやり直しはない。どんなに低いポイントであろうとこれでやっていくんだ」とかこじらせはじめると一発勝負で「今回は+1か。いいじゃないか。それで行こう」と、運命に翻弄されながらも、それでも生き抜くロールプレイが楽しくなってくる。その時、「ああ、ロールプレイってこういうことか」と、ゲーマーとして成長した気がしました。
とはいえ、こんなふうにシステムに翻弄される逆境を楽しむ人間はやっぱり稀で、最近のゲームのトレンドは「ノンストレスであること」なので、自分から苦労を背負って楽しむプレイスタイルは好まれないでしょうね。

中川 では、パソコンについてはどうでしたか?8ビットのマイコンブーム時からWindows 95登場前夜までにPCゲームに触れていたかどうかでも、だいぶゲーマーとしての気質が変わってくると思うんですが

奈須 家がそう裕福ではなかったので、PCはちょっと手が届かなかったんですよ。ただ、武内が「X1」を持っていたので、たまに武内の家に遊びに行くとPCゲームもやっていたので「面白そう」と思いながら、いつか大人になったらパソコンを買おうと思っていたんですけど、コンシューマー機の進化の方が早くて、最終的にはPCがなくても気になるゲームはだいたい遊べる時代になっていた感じです。
だからちょっと時代が下りますが、『To Heart[xv]』(1997年)が流行ってた時期でもまだPCを持っていなかったので、自分にとっては『To Heart』はプレイステーション版なんですよ。

■PBMに憧れ指をくわえて見ていた思春期の自分へのリベンジとしての『FGO

中川 これは個人的な実感なんですけど、PCにせよTRPGにせよ金銭的・家庭環境的な事情で「ない」条件があると、かえってゲームのクリエイティブを触発する部分もあったかなという気がしていて。たとえば  僕らの小学生当時にはTRPGという概念を知らずに「ドラクエ」だけはやっている子が多かったので、塾の友達とかと一緒に授業中に「スライムが出たぞ、どうする?」とかノートの切れ端とかで勝手にTRPG的な遊びを始めてたんですよ。
コンピューターがない中で、想像力を膨らませて「持ってない」環境を補おうとする感覚が、僕らの世代は結構あった気がするんですよね。

奈須 そうですね。当時のコンピューターゲームはグラフィックがまだまだ発展途上だったので、あらゆるものを自分の想像で補完していた。
一方、今のユーザーは初手から最先端のものに触れられるので、わざわざ想像力を働かせる必要が無い危険性がある。もちろん、今の環境で初めて可能になる創作力もあると思うので「昔は良かった」と言う話ではないんですが、こと妄想力に関しては、あの頃のゲームユーザーはたいへん鍛えられていたと思います。
その上で、そういう自分たちならどうするか、もっと面白くするには何が必要かという創意工夫の延長としても、「蓬萊学園」の舞台はあまりにも早すぎた。今読んでさえこの情報量は手に負えないのに、それを当時最高峰の頭脳の人たちが狂気じみた熱量をかけて作り込んでいたというのは、本当にすごいことです。
今日のインタビューのために中津さんから1週間ほど前、PBMアーカイブスさんがデジタル化された資料一式を送っていただいたんですが、異常にデータも重くて解凍するのに3分もかかるんですね。「どんなデータなんだろう?」と思ってたら「蓬萊タイムズ」(PBM版『蓬萊学園の冒険!』のゲーム内雑誌)一式で、「これがデータで手に入るなんて!」なんて喜んでたんですが、「あれ、まだあるぞ?」と。
それがTRPG版『蓬萊学園の冒険!!』の追加キャンペーンにある地下空洞世界「月光洞」のサプリメントで、「ちょと待って、こんなことやってたの!?」と本気で驚きました。たった1年のキャンペーンなのにここまで作ったのかって。「こんなの実際のゲームで3割も使わないだろ!?」と。狂気の沙汰であると同時に、20年越しに、やはり最高峰だったんだ、と思い知りました。

中津 まさに。遊演体自体は慶応大学のボードゲームサークルであるHQ(Head Quarter Simulation Game Club)[xvi]が母体になっていて、ありとあらゆる分野の本をみんなが読んでいたのに加えて、特に月光洞は『冒険!』でプレイヤーのゲーム目標として提示された「地球最後の秘宝」の正体という位置づけでした。
そこに棲む生物の生態系や人類の民俗文化、それに地球の内部に空洞世界があることを理屈づける物理法則まで、一部はプレイヤーがゲーム中に設定制作に参加するかたちで徹底的に作り込んでいきましたからね。パッケージとして発売されたTRPG版の設定は、その1年の成果が凝縮された卒業文集みたいなところもあったので。

奈須 「この人たちの想像力と構成力を前にすると、自分なんかまだまだだな」と、今でも打ちひしがれてしまう。
こちらもワールドメイクをする側だからこそ、あの時代の濃密な熱量と空気感には抗えないというか、完全降伏するしかない。
これは日本のゲームとか物語エンターテインメントを手がける人のバイブルというか、至高の頂点としていつまでも語り継がないといけないのだなあと改めて思います。
当時のPBMって、今みたいにSNSでバズってるトレンドを追いかけるとか、世間で騒がれてるメジャーな話題とかには目もくれず、自分から地獄に飛び込むような人間じゃないと辿り着けないような魔境だったんですよ。その魔境の中でも『冒険!』は最高峰の魔境だったので、資料を見せていただいて改めて「あぁ、これに参加した何千人くらいの人たちは一生『蓬萊学園』に殺され続けるんだな」と思わされました(笑)。
実際、『FGO』のプレイヤーの中にも「蓬萊学園」の参加者がいて、「『FGO』ってあのあたりの雰囲気に近いよね」とはよく言われます。要は作品世界の大きな舞台を用意して、「こんなこと思いついちゃったんだけど、みんなで遊んで盛り上がろうぜ」とユーザーに呼びかけていくイベント運営の仕方に、何か共通点を感じてついてきてくれるみたいで。

中川 ちなみに月光洞と言えば、先般配信された『FGO』第2部7章「黄金樹海紀行ミクトラン」の舞台である異聞帯のミクトランがまさに地下空洞世界だったので「これ月光洞じゃん!」って思ったんですけど、そのあたりは特に影響関係はなかった感じですか?

奈須 そうですね、月光洞については今回送っていただいた参考資料で初めて認知したので。ただ、地球空洞説自体はジュール・ベルヌ[xvii]以来の定番だし、空想小説好きなら誰もが一度はやらなきゃいけないだろうっていう古典的な題材じゃないですか。
『FGO』ではいろいろな物語ジャンルのオマージュをやってきましたが、ミクトランではもういちど地底世界にチャレンジして、さらに恐竜、インベーダー、南米神話などなどの全部入りをやろう、というコンセプトでした。
クライマックスで最後に巨大怪獣が地底から地上に向かっていく状況から、ユーザーみんなをレイドバトル的に楽しませるためにはどうすればいいのか、というところから逆算して考えた、シチュエーションありきの世界構成だったんですが。

中川 そうですよね。僕はやはり『FGO』プレイヤーとして、2016年のクリスマスに繰り広げられた第1部の終局特異点「冠位時間神殿ソロモン」のクライマックスで、プレイヤーみんなが同期して魔神柱を倒していくというレイドバトルのシチュエーション設定を知ったときに打ち震えました。
自分はリアルタイム参加はできなかったんですが、話を聞くだに「ああ、このカオスな空気感はなんか、あの頃のPBMムーブメントっぽいぞ」と。

奈須 あれはPBMをできなかった自分へのリベンジなんですよ。「もし自分がPBMをやっていたら、こういうことをしたかった。これは絶対に楽しいはずだ」って。

中川 ああああ、やっぱり!

奈須 自分が中高時代に指をくわえて見ていた、憧れていたもの。それを形にできるなら『FGO』はゲームとして成功するだろうって。
こればかりはどんなに運営が頑張ってもユーザーさんが盛り上がってくれないと成立しないので、賭けではあったんですが、幸いユーザーさんもクリスマスだってのに「お前ら他にやることあるだろ!?」「いや、今は魔神柱だ!」と、1時間単位で盛り上がってくれている。こんな楽しいことを思いついたら、たしかにこれは麻薬だと思いましたし、作り手側もこれをずっと味わいたいと思う。
でもこれを味わうためには、『FGO』第1部のラストは準備段階から考えると2年半くらいかかっている。そもそも第1部の世界設定やらギミックやらキャラクターの面白さというのは『FGO』だけのものではなくて、TYPE-MOONが20年かけて築いてきたものの結晶なんですよね。20年かけてやっとこれだけできるのだとすれば、これを定期的にやろうするのは……いやもう無理無理(笑)。
このあたり、「蓬萊学園」はどのような製作スタイルだったんですか?

中津 そうですね。『冒険!』のシナリオ展開は打ち合わせなしで巨大なオーケストラを即興で指揮しているようなもので、「向こうで何かすごい音が鳴ってるからそれも取り入れてみよう」とやっているうちに、どんどん大きくなってしまった、みたいなことだったので。
たとえば「蓬萊タイムス」の1号のトップ記事で、入学式に武装勢力が乱入してきたという記事の写真として描かれたイラストの中に、メインイラストレーターの中村博文さんが予定外の戦車を描きこんでいたんですよ。そしたら「戦車があるんだな、この学園には」ってことになって、どんどん学園内の軍事勢力や政治機構の設定を広げていかざるを得なくなり、それが生徒会選挙に端を発する一大内戦にまでつながっていったりとか……。

奈須 そうやって運営とプレイヤーが協働してどんどんスケールアップしていったんでしょうね。戦車があるなら権力闘争もやっちゃおう、魔境探検もやっちゃおう、本土よりいろいろ技術も進んでいるし潜水艦ロマンもやっちゃおう……か。毎日がお祭ですね。地獄のような作業量だけど(笑)。
当時のPBMの参加者だった『FGO』プレイヤーの方から聞いた話なんですが、プレイヤーの皆さんとマスターが集まって、一堂に会して合宿っぽいことをするイベントがあったんですよね? 「あの時、マスターに質問して某設定を確定させたのは私だ」みたいな人がいて、なんて業の深い世界だと(笑)。
でもそうやって、年に1度、マスターとプレイヤーが集まって合宿するというのは本当に楽しそうです。

中川 ネットもなかった時代なので、毎月どこかでプレイヤー主催のプライベートイベントが公民館とかを借りて開かれるので、そこで直接会って情報交換したり進行を深めたり、1年のシナリオの最後に泊まりがけのオフィシャルイベントがあったりして、そういうのも含めてゲーム体験でしたから。
ちなみに大規模な宿泊イベントではSF大会からの文化で、ファミリーコピー機を持ち込んでイベント中に起きていることを記事にする「時刊新聞」なんていうのを発行する人もいたんですけど、『FGO』のバレンタインイベントとかでも世界で起きている出来事を1行ニュースで実況したりするじゃないですか。ああいうライブ感の演出のノリも、PBMに近いセンスがあるなと感じてました。

奈須 はい、あれはイベント担当ライターさんのひらめきアイデイアでした。
シナリオ以外のところで、まわりの状況を語ることで没入感を深めよう、という。マンガで言えばコマ外のハシラみたいなイメージで、ゲームと同じ時間軸で起きている情報を流しているわけですが、ADVとは別のフォーマットで情報が入ってくると、その世界のリアル感が増すんですよね。

【脚注】
[xi] 1986年にエニックスから発売されたファミリーコンピュータ用RPG『ドラゴンクエスト』のこと。シリーズ化して日本のRPGの代名詞となったが、システムに海外のパソコン用RPG『ウルティマ』や『ウィザードリィ』の影響を強く受けていることでも知られている。
[xii] 1987年にスクウェアから発売されたファミリーコンピュータ用コンピューターRPG。ストーリー性が強いのが特徴。
[xiii] サン電子発売のシューティング・アクション。サイドビューステージとトップビューの二種類のステージを行き来しながらクリア条件を探す、探索型アクションゲーム。
[xiv] 1981年に米国で発売されたAppleⅡの3DダンジョンRPG。日本でも各ゲーム機に移植され大ヒット。
[xv] Leafから発売された学園ラブコメビジュアルノベル。前作『雫』『痕』が、伝奇小説の雰囲気を色濃くしていたのに対して、本作はライトノベルの雰囲気を取り込み、より一般的になり大ヒットした。
[xvi] 慶應義塾大学公認。のちに遊演体に所属する門倉直人や有坂純、「ウォーロック」創刊編集長の多摩豊らが所属し、日本でのTRPG文化の黎明期を支える人材を輩出した名門として知られる。
[xvii] 19世紀のフランスの小説家。SF小説の開祖として知られる。代表作は『海底二万里』『地底旅行』『十五少年漂流記』等。

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