特定非営利活動法人
日本PBMアーカイブス

【プロフィール】
新城カズマ（しんじょう・かずま）／柳川房彦（やながわ・ふさひこ）
小説家・ゲームデザイナー。
1990年に遊演体においてPBM『蓬萊学園の冒険！』のグランドマスターとして運営。その後91年に富士見書房から『蓬萊学園の初恋！』で作家デビュー。以来、SFや歴史小説で活躍中。2006年には『サマー／タイム／トラベラー』で、第37回星雲賞日本長編部門を受賞。
著作として「狗狼伝承」「ジェスターズ・ギャラクシー」各シリーズほか、『島津戦記』などがある。

（出囃子が鳴り、新城カズマがすすすっと出てきて座布団に座る）
　えー……お暑い中ようこそのお運びで、誠にありがとうございます（茶を飲む）——夏がこんなに暑くなるわ、コロナは広まるわ雨はゲリラになるわコミケは百回目だわ、スッカリ大変なものでございますが。
（するりと羽織を脱ぎながら）昔は、それこそアタシが蓬莱学園のグランドマスターに就任した頃は、こんなに暑くなかった気がしますねえ、もう三十年以上前になりますか。
先輩「おう、そこの柳川くん。うん、お前だお前」
柳川「へぇあっしですか。なんでございましょ」
先「うん、耳寄りの話だ。こんど
という調子でグランドマスターとやらをやることになりまして。しかし専門教育を受けたわけじゃない、前回つまりN88の終盤３ヶ月くらいは丁稚奉公しておりましたが、まさに「師匠の背中を見て芸を盗む」状態。誰も特段何かを教えてくれるわけじゃない。それどころか皆さん毎月テンテコマイの大忙し。

で、アタシのやってたことてえのは、
「１年間、即興で交響楽を書いては皆が即興でそれを膨らませ、それを毎月一緒に演奏したり指揮したりする」
でして。……まあこの表現は後になって色んな人に「どういう仕事なんですかネットゲームのＧＭって」と聞かれてるうちに思いついたんですけど。他にも「物語のある通信教育ですよ」とか「リアルタイムで映画の脚本とセットを作っちゃ撮るお仕事を１年間」みたいなのも思いつきましたが。
一年かけてお客様に出してゆく物語について、最初におおよそのメモは作りましたが冒頭のところだけ。中盤以降は完全にアドリブの連続。
設定や構造で参考にしたのは『南総里見八犬伝』『封神演義』でしたが、その一つ下の階層……「物語を創る」基礎方針というか心根[こころね]のところでアタシの支えになってましたのは、実はトールキンの『シルマリルの物語』、に流れる精神だったのですな。
どういうことかと申しますと。
『シルマリル〜』は世界創生から中つ国の第一紀の大戦争、それから第二紀ヌーメノオルの興亡、そして最後に『ホビット〜』『指輪〜』の顛末をガンダルフの側から語り直した歴史叙述が含まれるわけですが、その大元のところ——唯一絶対神エル＝イルーヴァタアルが大天使たちを指揮して壮大な世界創生音楽の第一主題を歌わせるわけですが、ここで増長満をおこした最強の大天使メルコオルが謀反を起こすんですな、大合唱からわざとズレて独自の第二主題を歌い始めることで。まあ言ってみればジャム・セッションで独りだけ延々とソロ即興パートを引き伸ばして周りが迷惑したわけです。TRPGでもいるでしょ、こういうマンチキンなプレイヤー。アレですよ、アレ。で、天使たちの大合唱はこの不協和音のせいでグチャグチャになって、メルコオルに従う悪い天使たちもゾロゾロ出てきて大騒ぎ、一体これからどうなっちゃうの……てな時にイルーヴァタアルはなんとこのカオス交響楽を元にした「全宇宙という実体」をヴィジョンとして皆に見せるわけです。
その「宇宙」はメルコオルたちの「予想外の不協和音」をすら組み込み、そしてそのことによって、かえって、より一層美しい、素晴らしい、壮大な何かになったんです。
ナルホド、とこれを最初に読んだ少年時代のアタシゃ思いましたねえ。これこそが世界だ。世界創生というものだ。予想外の要素を飲み込んで、全体が当初の予定以上の何かへと成長する。こうでなくちゃいけない。
まぁトールキンはこれをあくまでもカトリックとしての信心からこの神話を記述してるわけですが、こちとら無神論者なわけで。神様がどうしたこうしたとかは興味がなくて、ひたすらに、
「何かすごい世界を作る時は、偶然や悪意さえも飲み込んでしまえ」
みたいな教訓として把握したわけです。
で、『シルマリル〜』を熟読味読した十数年後。

アタシはメイルゲームてぇやつのグランド・マスターを拝命して、さてそっからが大冒険——と語ってましたら、おや、あっという間に季節は秋になってますな。それじゃあこの噺の続きはまた次回ってえことで……。
（新城カズマが扇子を揃えて両手をつき、深々と頭を下げると、するすると緞帳が降りてくる）

新城カズマ

コラム＿蓬萊学園とPBMの作り方（１）

一覧に戻る